大竹ひろこ〈文章プロデューサー〉

文章プロデューサーとして活動しています。
「文章ひとつで人生上向き」でっせ!
文章の悩みを抱えるあなた!
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記事一覧(13)

あなたの常識は、他人の非常識である。

アロマセラピストをしている人が、  「おなかが固くなっている」 「胸が固い」 「呼吸が浅い」 「おなかに指が入らない」 こう言います。  彼女にとってそれは常識なのだけど、  素人の私からすると「?」 こちらからすれば、  「で、それが何なの?」

となるわけだ。  そんな風に突っ込まれたとき、  「こうだからこうなんだよ」  即答できるならいい。  即答できないなら、  それは問題。 即答できるようにしておく必要がある。  それともう一つ。  自信を持って話すべきである。 素人の方は何もわからないのだから、  相手に自信を持って話された方が、  納得感が強い。  「そうか!だからか!」  そう思えたならきっと、  アロマセラピーを受けに行きたくなる。  誰もが何かの専門家であるけれど、  誰もが何かのド素人でもある。  専門家の立場になると急に、  素人にはわからない「あたりまえ」を語りだす。  逆の立場になると、  「そんなのわかんないし」となる。  そう。  誰かの常識は、  誰かにとっては非常識なのである。  だから、教えてあげる必要がある。  わからない人に、わかるように教えるのだ。  その教え方にコツがある。 今日はそれをお伝えする。まず、自分が「こうだ」と信じていることを列挙する。 次に、それを疑問形に書き換える。 例えば冒頭のアロマセラピストの言葉でいえば、  「胸が固い」  → 胸が固くなっていませんか? 「呼吸が浅い」 → 呼吸が浅くなっていませんか?  このようになる。  こう書くと、 素人には「気づき」となるわけだ。 人は問いかけられると、  その答えを探そうとする生き物。  疑問形にするだけで、  一気に人の気を引くことができる。  自分の専門分野をうまく伝えたい場合に、  この方法は非常に有効だ。  ぜひ試してみてほしい。  

自叙伝的小冊子、作ってみませんか?

ネットショップが盛んになり、街の本屋がつぶれているとはいえ、いつまでも廃れないのが「本」というもの。出版が流行っていますね。今や電子書籍なら自費でどんどん出版が可能ですし、紙の本だって、お金さえ出せば誰でも出版ができます。そう、お金さえ出せば。出版社にもよりますが、紙の本ならば、ライター付きで200万円もあれば出版できます。誰だって、できます。だけど、200万円もかけるなんて……私だったらその前に、自前で出版しますね。出版というか、小冊子を作るのです。小冊子だろうが本だろうが、目的は一つ。「自分が書いた文章を他人に読んでもらうこと」ならば形は何でもいいではないか。というのが私の持論です。だから、作りました。自分で勝手に小冊子を作りました。そしてそれを無料で配りました。「欲しい」と言ってくれる人に……。例え無料だとしても、欲しくもないものを欲しいとは言わないはず。だから2冊の小冊子を、100名近い方の手元にお届けすることができて、私は本当に嬉しく思いました。わりと簡単に作ることができたので、「小冊子作成サービス」を立ち上げることにしました。現在、ある人にモニターになってもらい、彼女の小冊子を作成中です。ほぼ完成しまして、後は最終チェックを残すのみ。「これ、いいサービスです」「自分でできないから」彼女からはそんな声をいただきました。自分の小冊子を作るのは楽しい。だけど他人の小冊子を作るのも楽しかった。元ネタは、ブログ。彼女の狙いに合わせて、彼女のブログから、記事を7つピックアップしました。それを縦書きに合わせて、私がちょこっと修正する。元ネタはいじりません。語尾などちょこっといじるだけ。楽しいですよ〜。あなたも興味ありますか?ご自身の紙の冊子。もし興味がおありでしたら、モニターになりませんか?今だけ激安価格で、あなたの小冊子、お作りします。お問い合わせはこちらからどうぞ!

「たったひとりに向けて書く」その意味とは?

文章は、たったひとりに向けて書け。こんな言葉、聞いたことありませんか?ブログやメルマガの文章を書くとき、ついつい忘れがちなのが「読む相手はたったひとりである」ということ。ブログだと読者数、メルマガだと配信数にばかり目が行ってしまい、「ああ、1000人の読者が読むと思うと」なんて自分を追い込んだりしてね。よく思い出してみてください。あなたは誰かのブログを読むとき、「誰かと一緒に」読みますか?届いたメルマガを読むとき、誰かと一緒にそれを読みますか?違いますよね。自分ひとりで読みますよね。それって手紙と同じ。手紙だと宛名はひとりなのでわかりやすいのですが、手紙以外になるとついつい忘れてしまうのがこれ、「読む相手はたったひとりである」ということ。「読むときは誰もみなひとり」でもいいです。忘れないでください。あなたが書いた文章を読むのは、「たったひとりの人間」なのです。本日、嬉しい報告がきました。おおたけさん!彼女のために書いてないのに響いたみたいです!わたしは昨日セッションした○○さんに書いたんですw書き手がある「ひとりのため」に書いた文章を、別の人が読みました。その人が「あれって私の事ですか〜?」と書き手に聞いてきたというのです。よく言いますよね。1つのクレームの後ろには、100個のクレームがある、と。人間、考えることなんて大体似たようなものなんですよ。誰かに向けて書いたことが、別の人にも当てはまるなんてことはよくあること。だから、「たったひとりに向けて書く」ほらね、ちゃんと意味があるでしょう?